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3月27日(火)

images.jpg46. 探すこと、求めること、探究すること Searching, Seeking, Questing
あなたはとてつもない危険な状態にあります! どのような瞬間にでも——あなたは愛して、笑って、活気に満ちているかもしれませんが——偶然神を見出すかもしれないのです。
 これはラビンドラナート・タゴールによるすばらしい物語だ。
 私は何千もの生にわたって神を探していた。私は神を見た……ときとしてはるか彼方に……私は駆け寄った……私がそこに着くころには、神は遠ざかっていた。私はどんどん行きつづけた。だが、ついに私は扉のところに着いた。そして扉には表示が出ていた。「ここは神の住む家です」
 ラビンドラナートは、私は初めて心配になった、と言っている。私はとても困ってしまった。
震えながら、私は階段を登って行った。まさに扉をノックしようとしたとき、突然、あっという間に、私は見てしまった……。
 もし私が扉をノックして、神がその扉を開けたら、どうなるのだろう?
 そうなるとあらゆることが終わってしまう——私の旅、私の巡礼、私の偉大な冒険、私の哲学、私の詩、私のハートの憧れすべて——すべてが終わってしまうのだ! それでは自殺になってしまう!
 そのポイントを見て、ラビンドラナートは言っている——私は靴を脱いだ……というのも、階段を降りて戻ると、なにか音をたててしまうにちがいないからだ……。そして階段の一番下に着くやいなや、私は駆け出した。そして私は後ろを振り返らなかった。それ以来私は、何千年もの間ずっと、走りに走りつづけている。
 私はまだ神を探している。もう彼がどこ住んでいるのか知っているというのに。だから私がやらなければならないすべては、その場所を避けることだけだ。そうすれば私は、ほかのあらゆるところに彼を探しつづけることができる。だが私はあの家は避けなければならない……あの家は私の脳裏を離れない。私はそれを完全に覚えている。もし私が、たまたま、偶然
あの家に入ったら、そうなったらすべてが終わってしまうのだ。

t02200321_0222032411209051711.jpg雲 7 POLITICS 政治

この人が誰だかわかりますか?

もっとも無垢で誠実な人を除いて、私たちみんなの心のどこかに策を弄する政治家が潜んでいます。

事実、心(マインド)は策士です。

状況と人びとを操ろうとして画策し、策略を用い、自分の欲しいものを手に入れようする、それが心の本性なのです。

ここでは、その心は雲で覆われた蛇で表わされ、「二枚舌」を使っています。

しかし、このカードを理解するうえで大切なことは、どちらの顔も嘘だということです。

甘く、無垢な、「私を信頼して」という顔も仮面であり、邪悪で、毒をもち、「おまえなんかおれの思い通りになるんだぞ」という顔も仮面です。

このゲーム全体が嘘なのです。
このゲームをしていないかどうか、自分自身をよく見てみましょう。

そこであなたが見るものは痛みを伴うでしょうが、ゲームをさらにつづける痛みほどではありません。

そんなことをしても、最終的には誰のためにもなりませんし、なによりもあなたのためにはまったくならないのです。

このやり方でなにかを達成したとしても、それはすべて水泡に帰してしまいます。


うまく装うことのできる人、偽善者になれる人であれば、 誰でもあなたがたの政治的な指導者になるだろう、
あなたがたの宗教的な聖職者になるだろう。

そういう人には偽善だけがあればいい。
ずる賢さだけがあればいい。

その背後に隠れる装いがあれば、それでいい。あなたがたの政治家たちは二重の生活をしている。

あなたがたの聖職者たちは二重の生活をしている。

ひとつは表の入口から、もうひとつは裏口から。

そして、その裏口の人生こそが彼らのほんとうの人生だ。

表口での笑みは偽りにすぎず、とても無垢なように見えるその顔は、訓練で鍛えたものにすぎない。

もし政治家のほんとうの姿を見たければ、政治家をその裏口から見なければならない。

そこでこそ、政治家は自分のあるがままをさらけ出しているし、聖職者も同じだ。

この二種類のずる賢い人たちが人類を支配してきた。

しかも彼らは、もし人類を支配したければ人類を弱くし、罪悪感を抱かせ、自分には価値がないと思い込ませることだということに、ひじょうに早くから気づいていた。

その尊厳を破壊し、栄光をすべて取り去り、屈辱を与えることだ、と。

しかも彼らは、まったく目につかないほど 微妙なやり方で屈辱を与える方法を見いだした。

あなたに屈辱を与えるのは、あなたを破壊してしまうのは、あなた自身に任せるのだ。

彼らはあなたがたに一種の緩慢な自殺を教え込んできた。

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3月15日(木)

9.jpg9. 最も偉大な奇蹟 Greatest Miracle
心霊現象、突然襲ってくる至福、奇蹟に巻き込まれないように注意しましょう。それらをどこかに行き着いたしるしとして見てはいけません。行き着くところはどこにもありません。ただ普通でいて、楽しみましょう。

 臨済に関して言われていることだ——
 彼の弟子のひとりが別のマスターの弟子と話をしていた。相手は言った。「私たちのマスターは奇蹟の人だ。望むことをなんでもやってのけることができる。私は彼のやった奇蹟をたくさん見てきた。自分自身の目でそれを目撃したのだ。君のマスターにはどんなすごいところがある? どんな奇蹟をやってのけることができる?」
 臨済の弟子は言った。「私のマスターにできる最も偉大な奇蹟は、奇蹟を行わないことだ」
 それに瞑想しなさい——「私のマスターにできる最も偉大な奇蹟は、奇蹟をやらないことだ」 奇蹟的な力が起こり始めると、弱い者だけがそれを行う。強い者はそんなことはしない——今度はそれがもうひとつの罠だと知るからだ。世界が再び彼を引き戻そうとしている。
 これは最後の罠だ。静かに、見守りながら、心霊エネルギーを避けるこがとができたら、それに巻き込まれることなく、閉じ込められることなく、それらを過ぎ去らせることができたら、そのとき初めてあなた家に着く。それは大変な誘惑だ。

t02200320_0225032711209025217.gif18 PAST LIVES 過去生

存在の両手が女性生殖器、宇宙の母の開口部を形づくっています。

その内部には、過去の多くのイメージ、顔が現れています。

自分は過去生では有名だったのだと空想するのは面白いでしょうが、それは慰めに過ぎません。

本当の要点は生のカルマのパターンと、そのパターンの根。
私たちを無意識な振る舞いの罠にかけ、果てしなく繰り返されるサイクルの中にある根をみて理解することにあります。

2匹の虹色トカゲは知っていると、知らないを表しています。

彼らは無意識なるものの守護者で、ヴィジョンへ向けた私たちの準備が整っているかどうかを確かめています。

このヴィジョンは、準備が整っていなければ害を及ぼすかもしれないものなのです。

私たちの存在は永遠だということを見ようとすることは贈り物です。

私たちの生におけるカルマの働きを理解することは、自分の想い通りに把握できるようなことではありません。

これは目を覚ましなさい。という呼び声なのです。

あなたの生における出来事が、あなたの魂の旅と同じくらい古くからあるひとつのパターンをみせてくれようとしています。



子どもは、過去生で充分瞑想し、死がもたらす闇と闘えるだけの瞑想的エネルギーを創造していて初めて、意識を保っていられるようになる。

人はただぼんやりとした状態のなかで我を失い、そして突然、新しい子宮を見つけだし、古いからだのことは すっかり忘れてしまう。

そこには断絶がある。この闇、この無意識が、その断絶を生み出す。

東洋はこうした障害を突き抜けようとして懸命に働きかけてきた。

そして、その一万年にもおよぶ働きかけは、無駄になってはいない。

誰でもひとつの過去生、 あるいは多くの過去生を見通すことができるのだ。だが、そのためには、自分の瞑想に深く入って行かなければならない。

それにはふたつの理由がある——。

深く入って行かないかぎり、別の生への扉が見つからないからだ。

二番目に、あなたは瞑想に深く入っていなければならないが、それは、別の生への扉が見つかると、出来事が洪水のように心に押し寄せてくるからだ。

ひとつの生をつづけていくことですら、充分骨が折れる……。


瞑想へ…。

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3月14日(水)

8ab47487.jpg32. 小さな家族を超えて Beyond the Small Family
あなたは全体の一部です。存在に属しています。部分への執着に、より大きな全体へと入っていくのを妨げさせてはいけません。
 イエスに関する非常に神秘的な物語、イエスにしては非常に厳しく見える物語がある。
 彼は群衆に語りかけていた。すると誰かが言った。「イエス、あなたのお母さんが外の方で待っていらっしゃいます。でも、人の集まりが大きすぎて、彼女はなかに入ってこれません。あなたに会いたがっておられます」
 イエスは言った。「誰も私の母ではない」
 そしてあるとき、イエスはまだ子どもだったころ、イエスと彼の父母は、毎年恒例の祝祭でユダヤの偉大な寺院に来ていたが、イエスは両親から離れてしまった。彼らは捜しに捜し回った。そして夕方になり、彼らが心乱れ、ひどく心配になっていたところで、ようやくイエスが見つかった。彼はある学者たちといっしょに坐っていた—— 子どもにすぎないのに、彼は未知なるものについて彼らとなにごとか議論していた。
 父は、彼のところに行って、こう言った。「イエス、ここでなにをしている? 私たちは一日中お前のことを心配していたのだよ」
 イエスは言った。「私のことは心配しないでください。私は、私の父の仕事をしていたのです」
 ヨセフは言った。「私がお前の父親だ……それに、ここでどんな仕事をしているというのか? 私は大工だ!」
 ところがイエスは言った。「私の父は天にいます——あなたは私の父ではありません」
 子どもがまさに母の肉体を離れなければならないように、彼もまた、ある日、父母の子宮から精神的に出なければならない。肉体的にというだけではなく、精神的にも——精神的にというだけではなく、霊的にも。そして子どもが霊的に生まれるとき、過去から完全に脱けるとき、過去との関係を完全に絶つとき、そのとき初めて、彼は自己に、独立した現実になる。それまで
は彼は母親、あるいは父親、あるいは家族の一部だったにすぎない。けっして彼自身ではなかったのだ。

t01500224_0150022411209046494.jpg火 クイーン SHARING 分かち合い

「火のクイーン」は豊かさに満ちあふれ、まさにクイーンそのものです。
だからこそ、与えることができるのです。
懐ぐあいを調べたり、後のことを考えてなにかを取っておくことなど思いもよりません。

彼女は自分のまわりにある豊かさ、豊潤さ、そして光に与れるように誰彼となく歓迎し、自分の宝を際限なく分け与えます。

このカードを引いたときは、あなたもまた同じ状況—自分の愛、喜び、そして笑いを分かち合うことができる状況にあることを暗示されています。

そして、分かち合うことで、自分がさらに満たされていく感じがわかるのです。
どこかに行ったり、特別な努力をする必要はありません。
自分のものにしたいとか、執着したりすることもなく自分の官能を楽しむとができるということ、創造性に満ちたその同じ感覚で子どもを産むことも、新しいプロジェクトを発足させたりすることもできるということがわかるのです。

今、あなたのまわりのあらゆるものがいっぺんにやって来る」ように思えるでしょう。

それを楽しみ、そこにしっかりと足を下ろし、あなたのなかに、そしてあなたのまわりにある豊かさをあふれ出させましう。

瞑想する人は、最後にはハートに到達する。
その人が自分の実存のセンター 第三のセンター に到達していると、突然、自分のなかで愛と慈悲と喜びと至福と祝福の爆発が生じ、その力があまりにも強いためにハートを打ち、ハートを開かせる。
ハートはあなたの七つすべてのセンターのちょうど真ん中にある
下に三つのセンター、上に三つのセンター。
あなたはまさにその真ん中にやって来たのだ。


しっかり、ゆっくり歩くと、大地から喜びがやってくる。
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3月13日(火)

8c2dfe7b1cdfa266998297c8519d01b4.jpg37. 天国の門 Gates of Heaven

あなたが意識しているとき、あなたは天国にいます。醒めていなさい。油断せずにいなさい。意識していなさい!これもまた、あなた次第です。
禅マスター白隠は、まれな開花のひとつだ。ひとりの戦士、サムライが、偉大な兵士が彼のところに来てたずねた。「地獄はありますか? 天国はありますか? もし地獄と天国があるとしたら、その扉はどこにあるのですか? 私はどこから入ればよいのですか?」
 彼は素朴な戦士だった。戦士は常に素朴だ。彼らのマインドのなかにずるさはない。計算はない。彼らはふたつのことしか知らない、生と死だ。彼はなにか教義を学ぼうとして来たのではなかった。彼は地獄を避けて、天国に入れるように、その門がどこにあるのかを知りたかった。
そして白隠は、戦士にしかわからないやり方で応えた。
 白隠は言った。「お前は誰なのか?」
 戦士は応えた。「私はサムライだ」。サムライであることは、日本では非常に誇り高いことだ。それは完璧な戦士、自分の命を差し出すのを一瞬の間といえどもためらわない人間であることを意味する。彼は言った。「私はサムライだ。私はサムライの隊長だ。天皇でさえ私には敬意を払う」
 白隠は笑って言った。「お前がサムライだって? お前は乞食みたいだぞ!」
 彼の誇りは傷ついた。サムライは自分がなんのために来たのかを忘れた。彼は刀を抜いて、まさに白隠を殺そうとした。
 白隠は笑って言った。「これが地獄の門だ。この刀、この怒り、このエゴとともに、ここにその門が開く」
 これこそ戦士に理解できることだ。すぐにサムライは理解した。彼は刀を鞘に収めた……そこで、白隠は言った。「ここに天国の門が開く」
 地獄と天国はあなたの内にある。両方の門があなたの内にある。あなたが無意識に振るまっているとき、そこには地獄の門がある。あなたが油断せずに、意識するようになるとき、そこには天国の門がある。
 マインドは天国だ。マインドは地獄だ。そしてマインドには、そのどちらにもなれる許容力がある。だが人びとは、どんなものも、どこか外側にあると思いつづけている……。地獄と天国は、生の終わりにあるのではない。それらは今ここにある。
瞬間ごとにその扉が開く…… 一瞬のうちに、あなたは地獄から天国へ、天国から地獄へと動くことができる。

7DE91FFA-CD5B-462F-A1C8-60131B33379C-thumbnail2.jpg雲 ペイジ MIND 心

心(マインド)はもともと従者なのだということを忘れて、その心に私たちの生を任せてしまうと、こうなってしまいます。
頭はいろんな装置でいっぱいになり、口は怒鳴りちらし、この主張と意見の工場によってまわりの空気はすっかり汚染されています。
「でも、ちょっと待って」とあなたは言うでしょう「私たちが人間なのは、心があるからだ。
心こそ、あらゆる進化の、あらゆる偉大な真理の源なのだ」と。もし、あなたがそう信じているのなら、ある実験をしてみましょう。
自分の部屋に行き、扉を閉め、テープレコーダーを回して、「自分の心にある」ことをすべて口に出して言わせてみるのです。
どんな検閲も監修もせずに、それがすべて出てくるのをほんとうに許しきったら、どっと吐き出されるゴミの多さにあなたは驚いてしまうでしょう。
「雲のペイジ」は、誰かがどこかで「ヘッド・トリップ」にはまっていることを教えています。
よく見て、それが自分ではないことを確かめましょう。


これがあなたの頭の状態だ 自転車のハンドルとペダル、それに、あなたが手あたり次第に集めてきた奇妙なものがいくつも見える。
こんな小さな頭なのに……もはや、住む余地もない! 
しかも、そのがらくたがあなたの頭のなかで動きつづけている。
あなたの頭はくるくる回りながら、はたを織っているそれがあなたを忙しくさせているのだ。
自分の心のなかをどんな種類の思考が巡っているか、ちょっと考えてごらん。
いつの日かちょっと坐り、自分の扉をすべて閉めて、半時間のあいだ自分の心をよぎることをすべて書きとめてごらん。
そうすれば、あなたは私の言っていることがわかるし、自分の心のなかで進行していることに驚くだろう。
それは背景にとどまりつづけ、絶えずそこにあり、雲のようにあなたを取り巻いている。
この雲があっては、あなたは現実を知ることなどできない。
スピリチュアルな洞察を得ることはできない。
この雲は落とされなければならない。
そして、それを落とすというあなたの決断だけで、それは消えてしまう。
あなたがそれにしがみついているのだ。
雲はあなたには関心がない。それを覚えておくがいい。

ゆっくり歩こう!
地球を感じながら。空間を感じながら。
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3月12日(月) [タロットについての感想]

images.jpg21. 与えること Giving
いまこそ開いて、けちであることをやめて、自分がなしうるかぎりのことを、自分がもちうるかぎりのものを与えることです。あなたのありあまる愛を、あなたのありあまるハートを与えることです。
 マリー・マグダレーナを覚えているだろうか? 私には、彼女だけがほんとうにイエスについて行った人のように思える。彼女の真正さは途方もなかった。ある日彼女はやってきて、非常に、非常に高価な香水をイエスの足にかけた。
 ユダはその場にいて、その機会を逃さなかった。彼は言った。「いいですか、あなたは彼女を止めるべきだったのですよ! これは無駄です! あのオイルは非常に高いのですよ……売ることだってできたのに。人びとは飢えています。それに、この香水は非常に高いのに、なぜそれを無駄にするのですか?」
 論理的に見える。だがイエスはなんと言うだろう? イエスが言うことは非常に非論理的だ。彼は言う。
「貧しい人たちは常にいる。私が去ったら、お前が彼らの面倒を見ればいい。お前にはこの女性のハートがわからない。彼女に香水をかけさせるがいい——高価か、高価でないか、それは関係ない。私は彼女のハートのなかにすばらしいフィーリングが立ち昇っているのを見ることができる。これが祈りだ……私には彼女の祈りを邪魔することはできない」
 マリー・マグダレーナがハートの美しさをもっていることをイエスは理解した。イエスが見ているのは香水ではない——彼はその女性のハートを見ている。


t02200321_0222032411209051711.jpg雲 7 POLITICS 政治

この人が誰だかわかりますか?
もっとも無垢で誠実な人を除いて、私たちみんなの心のどこかに、策を弄する政治家が潜んでいます。事実、心マインド)は策士です。
状況と人びとを操ろうとして画策し、策略を用い、自分の欲しいものを手に入れようする、それが心の本性なのです。
ここでは、その心は雲で覆われた蛇で表わされ、「二枚舌」を使っています。
しかし、このカードを理解するうえで大切なことは、どちらの顔も嘘だということです。
甘く、無垢な、「私を信頼して」という顔も仮面であり、邪悪で、毒をもち、「おまえなんかおれの思い通りになるんだぞ」という
顔も仮面です。
このゲーム全体が嘘なのです。
このゲームをしていないかどうか、自分自身をよく見てみましょう。
そこであなたが見るものは痛みを伴うでしょうが、ゲームをさらにつづける痛みほどではありません。
そんなことをしても、最終的には誰のためにもなりませんし、なによりもあなたのためにはまったくならないのです。
このやり方でなにかを達成したとしても、それはすべて水泡に帰してしまいます。


うまく装うことのできる人、偽善者になれる人であれば、 誰でもあなたがたの政治的な指導者になるだろう、あなたがたの宗教的な聖職者になるだろう。
そういう人には偽善だけがあればいい。ずる賢さだけがあればいい。
その背後に隠れる装いがあれば、それでいい。
あなたがたの政治家たちは二重の生活をしている。
あなたがたの聖職者たちは二重の生活をしている。
ひとつは表の入口から、もうひとつは裏口から。
そして、その裏口の人生こそが彼らのほんとうの人生だ。
表口での笑みは偽りにすぎず、とても無垢なように見えるその顔は、訓練で鍛えたものにすぎない。
もし政治家のほんとうの姿を見たければ、政治家をその裏口から見なければならない。
そこでこそ、政治家は自分のあるがままをさらけ出しているし、聖職者も同じだ。
この二種類のずる賢い人たちが人類を支配してきた。
しかも彼らは、もし人類を支配したければ人類を弱くし、罪悪感を抱かせ、自分には価値がないと思い込ませることだということに、ひじょうに早くから気づいていた。
その尊厳を破壊し、栄光をすべて取り去り、屈辱を与えることだ、と。
しかも彼らは、まったく目につかないほど 微妙なやり方で屈辱を与える方法を見いだした。
あなたに屈辱を与えるのは、あなたを破壊してしまうのは、あなた自身に任せるのだ。
彼らはあなたがたに一種の緩慢な自殺を教え込んできた。


自分のハートに戻るということかあ…。
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3月9日(金)

osho-transformation-03167.jpg58. ワーク / ワーシップ(仕事 / 礼拝)Work/Worship自分の責任を回避してはいけません!
自分がやるワークのなかでは強烈に生きていましょう。そして、人間として可能なことならなんでもやりつづけましょう。それでいて同時に、どのような緊張も創らずに、欲求不満にならずに、結果にこだわることなく、自分のやっていることを信頼して祈りにならしめましょう。
 ひとりのマスターが、弟子のひとりと旅をしていた。その弟子には、駱駝(らくだ)の面倒を見る役目があった。彼らは夜になって、疲れて隊商宿に着いた。駱駝を繋ぐのはその弟子の義務だった。彼はそのことを気にせずに、駱駝を外に放しておいた。彼はただ神に「駱駝の面倒を見てください」と祈った。そして彼は眠り込んだ。
 朝になって、駱駝はいなくなっていた——盗まれたか、さ迷い出たか、起こるべきことが起こった。マスターはたずねた。「駱駝はどこにいる?」
 すると弟子は言った。「私は知りません。神に聞いてください。私はアラーに駱駝の面倒を見てくれるように伝えました。
私はとても疲れていたのです。ですから私はどうなったのか知りません。それに、私には責任もありません。私はアラーにはっ
きりと伝えたのですから! それにあなたは、『アラーを信頼しなさい』と教えつづけています。だから私は信頼しました」
 マスターは言った。「アラーを信頼するがいい。だが、まず自分の駱駝を先に繋ぎなさい——アラーはお前の手以外に手
をもっていないからだ」
 もし神が駱駝を繋ぎたければ、誰かの手を使わなければならない——ほかに神の手はない。それに、それはあなたの駱駝だ! もっとも良くて、もっとも簡単で、もっとも手短な方法は、自分の手を使うことだ。駱駝を繋いで、それからアラーを信頼するがいい。あなたは自分にできることをなんでもやればいい。それは結果を確実にするものではない。保証はない。
だからあなたは自分にできることをなんでもやるがいい。その後は、なにが起ころうとも、それを受け容れることだ。
 これが駱駝を繋ぐ意味だ。自分にできることをなんでもやるがいい。自分の責任を回避してはいけない。その後は、なにも起こらなくても、あるいはなにかがうまくゆかなくても、アラーを信頼することだ……。
 アラーを信頼して、怠けていることは、非常に簡単だ。アラーを信頼せずに、やり手でいることは、非常に簡単だ。人間の三番目のタイプは——アラーを信頼して、しかもやり手のままでいることは、むずかしい。だが、いまではあなたは楽器にすぎない。神がほんとうのやり手だ。あなたは神が手にもっている楽器にすぎない。
 人間として可能なことならなんでもやりつづけるが、そのことで緊張を創らない人が宗教的な人だ。そのときには、行為はある種の祈りだ。結果はこうあるべきだという欲望はない。そうなったら欲求不満はない。信頼が、あなたが欲求不満にならずにいるのを助けてくれる。そして、駱駝を繋ぐことが、あなたが生き生きと生きるのを、強烈に生き生きとあるのを助けてくれる。

o0227032310181107364.jpg雲 10 REBIRTH 再誕生

このカードは、フリードリッヒ・ニーチェが
『ツァラトゥストラはかく語りき』
で述べている意識の進化を表わしています。

彼は駱駝(らくだ)、ライオン、
子どもという三つのレベルを語っています。

駱駝は眠たげで、怠惰で、自己満足しています。

自分はお山の大将だと考えて
妄想の世界で生きていますが、
実は、あまりにも他人の意見を気にしすぎて、
自分自身のエネルギーはほとんどありません。

その駱駝から現われ出るのがライオンです。

これまでずっと生を見逃してきていたことがわかったとき、
私たちは他人の要求に対して「ノー」と言いはじめます。

集団から抜け出し、独りで、誇り高く、
自分たちの真理をうなりをあげて吠えるのです。

しかし、これで終わりではありません。

最後には、おとなしく従うこともなければ
反逆することもなく、それでいて無垢で、
自発的で、自分自身の実存に真実である
子どもが現われ出ます。

まさに今、あなたがどのようなスペースにいようとも
——眠くて憂欝であろうと、
あるいは吠えながら反逆していようと
——それを許しさえすれば、
それはなにか新しいものへと進化していくのだ
ということに気づいていましょう。





禅では、あなたはどこからも来ていないし、
どこにも行かない。

あなたはまさに今、ここに在る。
来ることもなければ、行くこともない。

あらゆることが、あなたのそばを通りすぎていく。
あなたの意識はそれを映しだす、

が、それと一体化することはない。

ライオンが鏡の前で吠えると、
その鏡も吠えると思うかね?

あるいは、そのライオンが行ってしまい、
子どもが踊りながらやって来ると、

鏡はライオンのことなどすっかり忘れて、

その子といっしょに踊りだす——鏡は
子どもといっしょに踊る、そう思うかね?

鏡はなにもしない、ただ映しだすだけだ。

あなたの意識は鏡にすぎない。

あなたは来ることもなければ、行くこともない。

ものごとは来ては去っていく。

あなたは若さを迎え、年を取る。
あなたは生き、死んでしまう。

こうした状態はすべて、意識の永遠のプールに
映しだされたものにすぎない。

昨夜は、Tatのヒーリングを受ける。
とても興味深い体験。
豊かになれた♪その翌日に、再誕生ですよ。
よくできてます。
朝から歩くスピードを落としたらかなり楽。こんなに違うものなのね。
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3月8日(木) [タロットについての感想]

Uniqueness / ユニークネス : 比類のないこと

20180302071010.jpg1人の禅の導師 master が講話をして座っていた、
彼の弟子 disciple たちはそこにいた、
すると
とても誇り高い戦士である1人の侍が
その導師 master に会いに来た。

その侍はとても有名で国中に知られていた、
しかし
彼はその導師 master を見て、
その導師 master の美しさとその瞬間の優美さを見て、
突然、劣等 inferiority を感じた。


おそらく彼は無意識の中に
彼の優越 superiority を証明したかったにちがいない。

彼は導師 master に言った

「なぜ、私は劣等 inferiority を感じるのでしょうか?

一瞬前までは全てがよかった。

私があなたの庭に入ったら突然
私は劣等 inferiority を感じました。

そんなふうに感じたことはけっしてなかった。
私の手は震えている。

私は戦士だ、
そして
私は何度も死に直面してきた、
そして
私はけっして恐れを感じたことはなかった…

なぜ私は怯えを感じているのでしょうか?」

導師 master は言った

「待ちなさい。
みんながいなくなったときに、
私は答えよう。」

人々は訪れ続けた、
そして
その男はますます疲れてきた、
そして夕方部屋が空っぽになり
誰1人もいなくなると、
その侍は言った、

「さあ、答えていただけますか?」


導師 master は言った

「さあ、外に出よう。」

満月の夜だった

…その月は地平線からちょうど昇ろうとしていた…

f:id:hanasennin9:20180302071010j:image

導師 master は言った

「これらの木々を見てごらん、

この木は空高くそびえ
これは小さい木だ。

どちらも何年もの間
私の窓の脇に存在してきた、
そして
けしてなんの問題もなかった、

小さい方の木は

「なぜあなたの前にいると劣等 inferiority を感じるのだろう?」

とけっして大きい木に言ったことがない。

どうしたらそれは可能だろうか?

この木は小さく
あの木は大きい
そして
私はけっしてどんなささやきも聞いたことはない。」

侍は言った

「なぜなら、彼らは比べることはできないからです。」
’Because they can’t compare.’


導師 master は言った

「それならば、あなたは私に尋ねる必要はない、
あなたは答えを知っている。」


”My whole work consists of one thing:
reminding you that you are Buddhas, ”

(導師 master としての)
私(osho)の全ての仕事は1つのことから成り立っている、
あなたがブッダ(目覚めた人)であることを
再び思い出させることだ。

劣等 inferiorityは
あなたが優越感 superiority を欲しいときに生じる。

劣等 inferiority は影 shadow だ。

もしあなたが私を愛するなら、
誰が劣っていて inferior
誰が優れているのか superior ?

愛の中では
全ての劣等 inferiority
全ての優越 superiority
は消え去る。


導師 master は弟子 disciple の優越 superiority ではない、
弟子 disciple は導師 master の劣等 inferiority ではない。

導師 master は弟子 disciple の完全に『気づき』知っているが、
弟子 disciple は『気づいていない』。

しかし
誰1人も劣って inferior はいないし
また
誰1人も優れて superior はいない。

あなたが優越 superiority を感じはじめたから
劣等感 inferiority が消えたと言っているのではない。

劣等感 inferiority が消えるとき、
全ての優越感 superiority も消える。

それらは一緒に生きている、
それらは一緒だ、
それらは分離 separate することはできない。

人が優越 superiority を感じるとき
どこかで劣等 inferiority も感じている。

人が劣等 inferiority を感じるとき
どこかで優越 superiority も感じている。

それらはペアでやって来る、
それらはいつも一緒にいる、
それらは分離 separate することはできない。


20151201132543.jpg流れと共に行く
「水になりなさい」と私が言うとき、私は流れになることを意味している。澱んだままではいけない。動くがいい、しかも、水のように動くがいい。

 老子は言っている——タオの道は水の流れる道だ。それは水のように動く。水の、あるいは川の動きとはなんだろう? その動きには素晴らしいところがいくつかある。ひとつに、それはつねに深みに向かって動く、もっとも低い地をつねに探し求める。それには野心がない。最初の者になろうと渇望することはけっしてない。最後の者になりたいのだ。

 覚えておくがいい。イエスはこう言っている——ここで最後の者こそ、私の神の王国では最初の者となるだろう。彼は、タオの水の流れる道について語っている——言及してはいないが、それについて語っているのだ。最後の者であるがいい、野心なくあるがいい。野心とは、上に向かって行くという意味だ。水は下に行く。

 もっとも低い地を探す。それは何者でもないことを望む。自分はユニークだ、例外だ、特別だと宣言することは望まない。エゴの観念はない。

全ての劣等 inferiority
全ての優越 superiority
まさにこのことで惑わされている私。
流れに身を任せる。
一晩、こだわっていた事が流れ出す。
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6月5日

Existence/存在

o0222032510251818245.jpgあなたは偶然の産物ではない。
存在があなたを必要としている。
あなたがいなければ、存在のなかでなにかが見失われ、
代わりをつとめることは誰にもできない。
そのことが、自分がいないと全存在が寂しく思うということが、あなたに尊厳を与えるのだ。
星や太陽や月、樹や鳥や大地ー宇宙のあらゆるものが、あなた以外の誰かではけっして埋めることのできない小さな空白を感じるだろう。

これが、自分は存在とつながっていて、存在は自分の面倒を見てくれているという途方もない喜び、満足をあなたに与えてくれる。

ひとたびあなたがきれいになり、澄みわたったら、あらゆる次元から自分に降りてくる。
途方もない愛を見ることができる。

Copyright [コピーライト] 2014 Osho International Foundation

 ここ数ヶ月、自分のためのセッションを立て続けに受けている。きっと意味あることなのね。そこで、本日、このカード。
 存在の存在を、不確かなもの疑ってすらいた私。存在の存在に溶け込もう。
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6月16日(火)

imgadc9f54a5xuhqo.jpeg38. 変容 Transformation
 アティシャのエクササイズをただ試みてみましょう。世界のすべての苦しみを自分のハートのなかに取り込んで、祝福を注ぎ出します。それはすばやい効果をもたらします。今日それをやってみましょう。
 さあ、彼は、慈悲心をもつことを始めなさい、と言う。そして、その手法とは、息を吸うとき——注意して聴きなさい、それはもっとも偉大な手法のひとつだ——息を吸うとき、自分は世界のあらゆる人びとの惨めさをすべて吸い込んでいると考えることだ。あらゆるところに存在するあらゆる暗闇、あらゆる否定的なもの、あらゆる地獄、それをあなたは吸い込んでいる。そしてそれを、あなたのハートに吸収させる。
 息を吸い込むとき、世界の——過去、現在、そして未来の——すべての存在のあらゆる惨めさと苦しみを吸い込む。そして息を吐き出すときは、あなたがもっている喜びのすべて、あなたがもっている至福のすべて、あなたがもっている祝福のすべてを吐き出す。息を吐き出す——あなた自身を存在に注ぎ入れる。これが慈悲の手法だ。すべての苦しみを飲み込んで、すべての祝福を注ぎ込む。
 それをやってみると、あなたは驚くだろう。世界のあらゆる苦しみを自分の内側に取り込んだ瞬間、それらはもう苦しみではない。ハートがすぐにそのエネルギーを変容させる。ハートは変容する力だ。惨めさを飲み込むと、それは至福に変容されている……。それからそれを注ぎ出す。
 自分のハートはこのマジックを、この奇蹟を行うことができる、と一度学んだら、あなたはそれを何度も何度もやりたくなるだろう。それを試してごらん。それはもっとも実用的な手法のひとつだ——単純で、しかもすぐに効果が現れる。今日それをやってみるがいい。
THE BOOK OF WISDOM, Vol.1, pp.21-22

t01990300_0199030012912319936.jpgTRANSFORMATION 変容
 このカードの中心のある人物は、巨大な虚空の花の上に坐り、変容のシンボル━幻想を断ち切る剣、脱皮して若返る蛇、壊れた限界の鎖、二元性を超越する陰陽のシンボルを手にしています。もうひとつの手は、開かれ、受け入れるように、膝の上に置かれています。さらにもうひとつの手は下へ伸ばされ、眠っている顔の口に触れ、私たちが休んでいるときに訪れる沈黙を象徴しています。
 今は手放し(レットゴー)をするときです。あらゆる痛み、悲しみ、あるいは苦境をただそこにあらしめましょう。それは「事実なのだ」ということを受け入れて━。
 これはゴータマ・ブッダが何年にもわたる探求の後、もうこれ以上自分にできることは何もないと知って、ついにあきらめたときのその体験にとてもよく似ています。まさにその夜、彼は光明を得ました。変容は死のように、自らの時を得てやって来ます。そして、死のように、あなたをある次元から別の次元へと連れて行くのです。

 禅のマスターは、ただの教師ではない。どの宗教にも教師しかいない。彼らはあなたの知らないことを教え、信じるように求める。というのも、そうした体験を客観的現実として表す方法がないからだ。教師にしても、それらを知っているわけではない━信じたのだ。彼らは自分が信じたことを誰かほかの人に伝える。禅は信者たちの世界ではない。信心深い者達のためにあるのではない。それは、すべての信仰、不信仰、疑い、理性、心(マインド)を落とし、境界のない自分達の純粋な存在へと入っていくことのできる、恐れを知らない魂たちのためにある。
 だが、それは途方もない変容をもたらす。だからこそ、私に言わせてもらえば、ほかの者たちが哲学にかかわっているあいだに、禅は変態(メタモルフォシス)に、変容にかかわるのだ。それこそが真正なアルケミー。卑金属から金へとあなたを変える。だが、その言語を理解しなければならない。あなたの理性の働きと知的な心(マインド)によってではなく、愛にあふれたハートで━。
 あるいは、それがほんとうかどうか気にすることなく、ただ聴くことによって━。
すると、突然、あなたがそれを見る瞬間がやってくる。
 それは、生涯を通してあなたを躱(かわ)しつづけてきた。突然、ゴータマ・ブッダが「八万四千の扉」と呼んだものが開く。
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6月5日(金)

7226da31.jpg59. おいで、おいで、それでももっとおいで Come, Come, Yet Again Come
 あなたがどういう状態にあるかはかまいません。誰が来るかも問題ではありません。マスターには常に用意があります。
 かつてない偉大なスーフィーのマスターのひとり、ジェラルッディン・ルーミーのすばらしい声明がある。それをあなたのハートに受け取るがいい。
おいで、おいで
あなたが放浪者、崇拝者、学問の恋人
誰であろうとかまわない。
私たちのキャラバンは絶望のキャラバンではない。
たとえあなたが自分の誓いを
千回破ったとしても
おいで
おいで、おいで、それでももっとおいで
 マスターは主人だ。ほんとうのマスターたちはけっして誰も拒まない。彼らはそうできない。あなたが旅と頭上の燃える太陽に疲れて木の下に、木陰のある木の下に行ったとして、その木があなたを拒む、あなたに避難する場所を与えない、あなたを保護しない……そんなことは起こらない。木には、避難する場所を、その影を、その果実を、その花を、その薫りをあなたに与える用意が常にある。
 もし私が誰かに、「まずは行って、サニヤスに値するようになりなさい。それから私のところに来るがいい……」と言ったら、それはまるで、あなたが医者のところへ行って、その医者がこう言うようなものだ。「私はあなたが健康なときにしか薬を与えない。それが、私があなたに薬を与える条件だ。私はけっして自分の薬を病気の人たちにむだに使ったりはしない!」
 誰が来ようとかまわない。マスターには用意がある。
COME, COME, YET AGAIN COME, Discourse 1**

o0150022413250249031.jpg12. 新しいビジョン(NEW VISION)
 あなたが究極なるものに向かって開くと、すぐにそれがあなたに注ぎ込まれる。あなたはもはや普通の人間ではない——あなたは超越したのだ。あなたの洞察は、全存在の洞察になっている。もはやあなたは離れていない——自分の根を見つけたのだ。
 そうではないから、普通は、誰もが根をもたずに動き回っている。自分たちの心臓はどこからエネルギーを受けつづけているのかも知らずに、自分たちのなかで誰が呼吸しつづけているのかも知らずに、自分たちの内側を流れている生(せい)のジュースも知らずに——。
 それはからだではない、それは心(マインド) ではない——それはすべての二元性を超越するなにかであり、それが「バガヴァット——十の方向をもつバガヴァット」と呼ばれている ……。
あなたの内なる存在は、開いたときに、まずふたつの方向を体験する——高み、深み。それから徐々に、それがあなたのしっかり定まった状況になるにつれ、あなたはまわりを見回し、ほかの八つの方向に広がりはじめる。
 そして、自分の高みと深みが出会うポイントを一度達成したら、あなたは宇宙のまさに外周まで見回すことができる。そうなったら、あなたの意識は十のすべての方向に開きはじめる。だが、道はこれまでずっとひとつだったのだ。Osho Zen: The Diamond Thunderbolt Chapter 9 Chapter 9

 このカードの人物は、新たに生まれようとしています。地に閉ざされた自分の根から起き上がり、閉ざされることのないものへと飛び立つ翼が生えています。
 からだのまわりにある幾何学的形は、彼の手に同時に入る生の多くの次元を示しています。正方形は肉体的なもの、現われているもの、知られているものを表わします。円は、現われていないもの、スピリット、純粋なスペースを表わします。そして三角形は、三部からなる宇宙の本性——現われているもの、現われていないもの、そしてその両方を含んでいる人間を象徴しています。
 今、あなたは、生をその深みから高みまで、すべての次元にわたって見る機会を与えられています。それらはともに存在し、闇と困難なことは光と楽なことと同じくらい必要なのだ、ということが体験からわかるようになったとき、世界を見る私たちの視野はまったく違ってきます。
 生のすべての色を私たち自身に浸透させることで、私たちはさらに統合されます
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